資本主義ゲーム攻略を目指すものぐさの雑記帳

この仮初めの人生の暇つぶしとして資本主義というゲームの攻略を目指しつつ、日々思ったこと、考えたことを取り留めもなく綴っていきます。

将来のために?それとも今を生きる?

アリとキリギリス

アリとキリギリスのイラスト
 
アリとキリギリス。 イソップ物語の一節です。
 
夏のうちから、働き者のアリたちは冬に向けてせっせと巣に食糧を蓄えます。一方で道楽者のキリギリスは、冬のことは冬になったら考えればいいと遊びに興じます。
 
そうこうするうちに冬がやってきます。冬のための蓄えをしていなかったキリギリスは、あたり一面雪景色の中、食糧が見つからずとうとう餓死してしまいます(物語の結末には諸説ありますが)。
 
この童話の教訓の一つとして、将来のための準備を怠るな、ということが言われています。
 

今の頑張りが将来のより大きな果実を生む

アリは夏の間にため込んだ食糧のおかげでその年の冬を越すことができます。
 
私たち人間も、基本的にはアリのように働くことで来るべき将来に向けての備えをしていると言えるかもしれません。
 
しかし私たちが生きるこの資本主義社会では、さらに投資を行うことで現在の労働がより大きな価値を持つようになります。
 
たとえば年7%(インフレ調整後)で自分の資産を運用できる人がいたとします。72の法則からすると、彼の100万円は10年後には200万円になっていることになります。仮に時給が変わらないとすると、彼の現在の1時間の労働は、10年後の2時間分の労働に匹敵すると考えることもできます。20年後であれば4時間分です。
 
投資をするのであれば、若年期に種銭を積み上げる意義は大きいと言えるでしょう。
 

人生はいつ終わるかわからない

ところで人生にはいつ何が起こるかわかりません。
 
ある日、いつものように食糧を調達して巣に帰る途中に、不運にもアリジゴクに落ちてしまう働きアリ……現実にはそんなアリも一定の数いるはずです。
 
来るべき冬に向けて、せっせと働いていたはいいけれど、肝心の冬が来ることはなかった……
 
このアリの一生を後から振り返れば、まさに働くために生きていたと言えるかもしれません。
 
私たち人間も明日交通事故に遭って命を落とすかもしれません。病気で数年のうちに死んでしまうという可能性も0ではありません。
 
将来のためにと必死で働いたはいいけれど、蓋を開けてみれば肝心の将来そのものがなかった、ということもあり得るのです。
 
また人間の体力、感性は歳をとるごとに衰えていきます。年をとってから同じことをしても、若い時ほどの感動が得られないということもあるかもしれません。「今この時」は、二度とやってこないのです。
 
身を削って働くだけ働いて死ぬ。個人的にはこのパターンは何としても避けたいと思っています。無神論者の私にとってはまさしく人生が苦行以外の何物でもなくなってしまうような気がするからです。
 
もちろん死んだら悔しいという感情も何もないだろうという指摘は確かです。
 
しかし死に際に、おれの人生は大変なことや苦しいことばかりだったと思いながら死んでいくのは何としても避けたいところです。
 

費用対効果の高い投資を厳選する

それでは、このジレンマを解決するにはどうすればいいのでしょうか。
 
将来のために仕事一筋に生きるのは前述のとおりNGです。必然的に、激務となるような仕事は回避しなければなりません。
 
かといって、まったり薄給の仕事では種銭がたまらず、明日の食い扶持のためにいつまでも働き続けることになります。
 
しかも今後、国内に限って言えば労働者の待遇が良くなっていくことは考えづらく、今の仕事をずっと続けていける保証もありません。
 
ならばどうすればいいのでしょうか。
 
一つの方策としては、今のうちからできるだけ高単価で働けるように行動していくことではないかと思います。
 
アルバイトじゃないんだからと言われそうですが、労働とは端的に言えば自分の時間を賃金に変える、時間の切り売りをする行為です。いかに自分の労働時間を高値で売るかという視点は、社会人でも大切であるように思います。
 
アリとキリギリスの例でいえば、アリはアリでも賢いアリになり、栄養価の高い食糧が多く集まる場所を下調べしておき、必要最低限の食糧だけを調達しに行く。そして残りの時間は思う存分キリギリスのように遊ぶ、ということになるでしょうか。
 
大学受験を控えた高校生のことを考えてみます。受験生は良い大学に入るため、ひいては将来の選択肢を増やしたり待遇の良い会社に入れるように勉強する、といっても過言ではありませんが、これは立派な投資行動と言えます。
 
一方で、今この時は二度とやってこない。先のことはその時になってから考えればいいという発想で、勉強もそこそこに部活や遊びに精を出すというのも一つの考え方だと思います。
 
先の発想からすると、どういう戦略が考えられるでしょうか。
 
まずそれほど入学試験が難しくないにもかかわらず、過去の実績から卒業後の選択肢が多そうな大学を入念に調べておきます。
 
そしてその大学の受験に特化した勉強だけをします。残りの時間は部活に打ち込んだり、友達と思う存分遊ぶ。というのが一つの戦略として考えられるかもしれません。
 
自分なりの結論としては、若いうちからなるべく短時間で効率良く稼ぎ、残りの余暇を楽しむ。かつ資産運用を続け、資産に応じて労働時間をテーパリングしていく。このような人生設計が理想ではないかと思っています。
 
しかし長々と書いてはきましたが、結局はそれができたら苦労しないよ、という話にもなりそうです。