資本主義ゲーム攻略を目指すものぐさの雑記帳

この仮初めの人生の暇つぶしとして資本主義というゲームの攻略を目指しつつ、日々思ったこと、考えたことを取り留めもなく綴っていきます。

"楽しい"を仕事にすべきか

"楽しい"を仕事に?

人生における大半の時間は働いているのだから、楽しいことを仕事にした方がいい。
 
巷ではよくこんなことが言われます。
 
確かに一理あるかもしれません。ですが、私は少し違う考えを持っています。
 

楽しさを追求する働き方とは

楽しいを仕事にする。具体的にはどういう仕事でしょうか。
 
スポーツ選手やアーティスト。確かに彼らは正真正銘、好きを仕事にできた人達かもしれません。
 
ただそれは例外中の例外であるようにも思います。
 
もう少し抽象的に考えてみます。楽しさを追求する働き方とはどのようなものでしょうか。
 
自分のこだわりをとことん突き詰める。いわゆる職人的な働き方はそれに近いかもしれません。
 
そこから生み出されるプロダクトアウト型の商品・サービス。「まさにこれが欲しかったんだ」とお客さんに言ってもらえれば、職人もお客さんもお互いハッピー。何も言うことはありません。
 
爆発的なヒットを生む商品・サービスは、消費者の想像を超える必要がある。マーケットイン的な発想では決して生み出せない、という指摘もその通りだと思います。
 
けれど往々にして、「自分のこだわり」と「お客さんのニーズ」にはズレが生じてしまうことが多いのではないでしょうか。
 

仕事とは生きるための営み

原始時代にさかのぼれば、そもそも仕事とは本来、畑を耕したり採集に行ったりと、自らの食い扶持を得るためのものでした。つまり生きるための営みだったのです。
 
人々がより豊かな生活を求め、生産したモノを交換し合う物々交換が始まりました。そしてその後、価値の保存が効く貨幣経済が広まっていきました。
 
生きていくため、より豊かな生活を送るために、みんなが欲しいと言ってくれるモノ・サービスを生産する行為。私はこれこそが仕事の本質ではないかと思っています。
 

相手をより満足させられる仕事は何か

仕事は、自分が生産したモノ・サービスを欲しいと言ってくれる相手あってのものです。
 
もちろん仕事が楽しいと感じるに越したことはないと思います。しかし何と言うか、そもそも楽しさという概念自体が仕事にはあまりそぐわないのではないか、とすら思う時もあります。
 
仕事に楽しさを見出だしたとしても、それはどうすれば今より上手くやれるかという試行錯誤の楽しさであることの方が多いのではないでしょうか。仕事そのものが無条件で楽しい。つまり一切対価がなかったとしても、それをずっと続けたいと思うことはそれほどないような気もします。
 
自分が周りの人よりも、相手をより満足させられる、楽しませることができるのはどういう仕事か。そういった問いかけの方が、仕事をしていく、つまり食い扶持を稼いでいく上ではより現実的ではないか。私は最近そう考えるようになりました。