資本主義ゲーム攻略を目指すものぐさの雑記帳

この仮初めの人生の暇つぶしとして資本主義というゲームの攻略を目指しつつ、日々思ったこと、考えたことを取り留めもなく綴っていきます。

真実のその先にあるもの

私のお気に入りのブログ

個人が好きなように情報発信できる今の時代。何かをインターネット上で発信している人は、いまや星の数ほどいます。
 
ネットの海をさまよっていれば、自然とそうした一個人の意見・主張が目に入ってきます。
 
それなりにネットを嗜む人であれば、みなそれぞれにお気に入りのブログというものが一つや二つはあるのではないでしょうか。
 
私のお気に入りのブログの一つに『ふみっこ哲学』というブログがあります。
 

 
科学的な事実を踏まえつつ、この世界の真理や真実といったものを柔らかい語り口で解き明かしていこうとする、そういった記事の多いブログでした。
 
もう3年以上更新されていませんが、今でもたまに覗きに行くことがあります。
 
ブログ主は記事を読む限り、投資の世界で生計を立てつつ世界中を旅して回る、そんな生き方をしている人のようでした。
 

真実は得てして不都合なもの

科学の発展は人々の生活をより豊かなものにしてきました。しかし一方で、多くの人にとって不都合な事実をつまびらかにしてしまったという側面もあるように思います。
 
たとえば一卵性双生児の研究から、個体の表現形質には予想以上に遺伝の影響が大きいということがわかってきています。
 
また、人間は脳内報酬系によって目の前にニンジンをぶら下げられた馬のごとく、幸福の幻想を追い求めずにはいられないようにプログラミングされているという事実も広く知られるところとなりました。
 

真実を知ったその先に待つもの

世の中の真実というのは、得てして耳を塞ぎたくなるようなことであることが多いものです。身も蓋もない真実を追い求めても、その先におそらく幸福は待ってはいないのでしょう。
 
しかし、ときに真理への欲求という抗いがたい衝動が顔を覗かせることがあります。
 
それを知ったところでどうなるわけでもありません。後から知らなければよかったと後悔することもあるでしょう。
 
でも、それを知りたいと思わずにはいられない。これも一種の本能なのかもしれません。
 
しかし私はこうも思うのです。不都合な真実から目を背けずに、それを現実として受け止めること。それは一つの強さと言えるのではないかと。
 
無知ゆえの幸福。それは確かに心地良いものかもしれません。
 
それでも私は真実を受け止める、現実主義者でありたいと思っています。