資本主義ゲーム攻略を目指すものぐさの雑記帳

この仮初めの人生の暇つぶしとして資本主義というゲームの攻略を目指しつつ、日々思ったこと、考えたことを取り留めもなく綴っていきます。

SNSという負の増幅装置

 

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蔓延するSNS疲れ

SNSというものが世の中に登場してから、既に四半世紀近くになるでしょうか。
 
今では世界中で多くの人がSNSを利用しており、まさにSNS全盛の時代と言えるかもしれません。
 
音信不通になっていた旧友と久しぶりに連絡をとることができた、SNSを通して趣味の仲間ができた、旅先で出来た友人と今でも連絡を取り合っている etc…
 
SNSは私達の人間関係に大きな変化をもたらしました。
 
その一方で、徐々にその負の側面も知られるようになってきました。
 
一時期Facebook疲れというのが話題になりました。
 

20代から40代の男女半数ずつ、計655名のうち、フェイスブックを使用していて、「疲れてしまう」「休みたい」もしくは「やめたい」と思ったことがある人は43.7%と、半数近くに上った。そして、そう思った理由の第1位は「他人の『リア充』投稿にうんざりしてしまう」(40.2%)というものだった。
 
友人や知り合いの、「こんなことしました」「こんなところに行きました」という、いわゆるリア充投稿を見て、落ち込んでしまう人が相当数いたということです。
 
しかしなぜ他人の投稿を見て落ち込んだり、イライラしたりする人がこんなにも多いのでしょうか。
 
これは端的に言うと、リア充投稿に妬みを感じてしまう人が多いということではないかと思います。
 
そしてそのメカニズムはある程度脳科学的に説明がつきます。
 
そもそも妬みや嫉妬という感情は、我々の脳にプレインストールされた原始的な感情なのです。
 

 
人が何かを羨んでいる時、原始的な脳である大脳辺縁系の前部帯状回という領域の活動性が高まることが知られています。
 
なぜこのような負の感情が人間(類人猿)の脳にプレインストールされているかというと、一説には激しい生存競争に晒されていた時代のなごりとも言われているようです。
 
たとえば名前も聞いたことのないような遠い異国の人がいわゆるリア充投稿をしていたとして、それに強い妬みの感情を持つ人はあまりいないでしょう。
 
そうではなく自分と近い境遇にある人や共通点の多い人、たとえばかつてのクラスメイトや職場の同僚などに対してそういった負の感情を抱きやすいという人の方が圧倒的に多いのではないでしょうか。

主人公は被験者自身で、学業成績や経済状況などが平均的と仮定し、「同性で、進路や人生の目標や趣味が共通、自分よりも成績や所有している自動車、異性からの人気が上」の学生A、「異性で、進路や人生の目標や趣味が全く異なり、自分よりも成績や所有している自動車、異性からの人気が上」の学生B、「異性で、進路や人生の目標や趣味が全く異なり、成績、自動車、異性からの人気が自分と同等」の学生Cの3人も登場する。

学生ABCの成功と自分の失敗のシナリオを読んでもらい、被験者の学生にそれぞれに対しての妬みの強さを6段階で評定してもらった。するとABCの順に妬みが強く、大脳皮質の前部帯状回が学生Aに対して最も強く活動していた。また、妬みの強い被験者ほど、その活動は高かった。前部帯状回は認知や情動、痛みや葛藤の処理に関わる部位だ。

 
人類が激しい生存競争に晒されていた時代、自分と似た境遇にある人≒恋のライバルであった可能性が高く、進化論的に嫉妬深い人間達の方が子孫を残しやすかったということでしょう。そして我々はその末裔ということです。
 
「出る杭は打たれる」ということわざがありますが、出る杭を打ちたくなるのはある意味本能的な感情と言えるのではないでしょうか。
 

"いいね"で人は満たされるのか

さてそんなふうにSNS疲れしている人が多いにもかかわらず、いまだにSNSを利用している人が多いのはなぜか。
 
目的は人それぞれかもしれませんが、そのうちの一つに、マズローの五段階欲求の一つでもある承認欲求を無意識に欲している人が多いからという理由があると思います。
 
そもそもSNSにリア充投稿をする人が何を目的としてその投稿をしているのかということを考えた時、やはりその深層心理には、すごいと言ってほしい、褒めてほしいという承認欲求が少なからず存在しているのではないかということに思い至ります。
 
ただSNSを利用している人全てが承認欲求をドライバーとしたリア充投稿をしているかというと、そういうわけではありません。
 
またそもそもSNS自体を全く利用していないという人も大勢います。
 
この違いはどこからくるのでしょうか。
 
「真のリア充はSNSをやらない」というネット民の間でまことしやかに語られている言説があります。
 
つまり普段の日常生活が充実している人は既に満たされており、わざわざSNSをやってネットの世界で承認を求める必要がないのでは?ということです。
 
この仮説からいくと、リアルの世界で十分に満たされていないからこそ、それをネットの世界に求めてついついリア充投稿をしてしまうのではないか?という新たな仮説が浮かび上がります。
   
ところで、SNSでの"いいね"は本当に承認欲求を満たしてくれるのでしょうか。
 
たとえば仲の良い友人や、職場の同僚が「お前は本当にすごいやつだ」と心から認めてくれている時、相手の口調や表情、その場の空気感などから、相手の自分に対する承認をいろいろな感覚で感じ取ることができます。
 
一方、SNSでの"いいね"はクリック一つで誰でも簡単にできますが、そういった感覚的な情報の一切が欠けている上、そこに本当の意味での承認の"いいね"が存在しているのかがわかりません。
 
私はこういった理由で、SNSでは承認欲求が十分に満たされないのではないかと考えています。
 
いくらSNSで"いいね"されても承認欲求が満たされることはなく、もっと!もっと!とさらにSNSにのめりこんでいく。
 
これがSNS依存症の一つのメカニズムではないでしょうか。
 
またこれは鶏が先か卵が先かという話ですが、最初は別に"いいね"を目的としていないユーザーであっても、"いいね"されるうちに自然に承認欲求に火が付いてSNS依存症に陥っていくという可能性もあり、この点にはどんなユーザーであっても注意が必要ではないかと思います。
 

金持ち自慢せず 

実社会で満たされていない人々がネットの世界に承認を求めてリア充投稿をすれども一向に満たされず、SNS依存症に陥っていく。
 
それだけではなく、それを見たフォロワーの嫉妬という負の感情もメラメラと燃え上がっていく。
 
なんて悲しい世界なのでしょうか。
 
世の中には金持ち自慢せずという言葉があります。
 
時の運を味方にして一代で成り上がった成金のような小金持ちではなく、本当の資産家は決して自身の財力を見せびらかすような真似はしないという意味です。
 
このことは資産家と言われる人々が、自慢するという行為が何をもたらすかということを身に染みてよくわかっているという証左なのかもしれません。
 
さて、そんな誰も得をしないLose-Loseの世界から抜け出すにはどうすればよいのでしょうか。
 
そもそも前述のように、承認欲求にはかなりの個人差があります。
 
なぜ特定の人の承認欲求がそれほどまでに強いのかと言えば、それは一つには自分で自分を承認できていない、自己肯定感の低さの裏返しとも言われているようです。
 

あなたが本当に承認されたいのは、他ならぬあなた自身からだ。自分で自分を肯定できる、認める、愛せることができたとき、あなたは承認欲求の罠から解放される。

他人から評価されようとしているのは決して悪いことではないが、自分で自分を評価承認できることができない限りラットレースからは抜けられない。他人からの評価が欲しいのは、何よりも自分が大丈夫であるという証拠が欲しいからに他ならない。

 
結局のところ承認欲求の呪縛から逃れるには、実社会で小さな実績や成功体験を積み重ねて自己肯定感を高めたり、認められること以外に方法はないのかもしれません。
  
良薬は口に苦しと言いますが、承認欲求に憑りつかれた人々への処方箋は
 
「スマホを捨て、町へ出よ」
 
ということになるのかもしれません。