資本主義ゲーム攻略を目指すものぐさの雑記帳

人生の暇つぶしとして資本主義というゲームの攻略を目指しつつ、日々思ったこと、考えたことを取り留めもなく綴っていきます。

我々の遺伝子は今なお太古の時代を生きている

コミュニティへの帰属欲求

先日、ABEMA PrimeでFIRE(経済的自立&早期リタイア)を特集した回がありました。


Youtubeのコメント欄には様々な感想が寄せられていましたが、個人的に興味深いと思ったのは、最後の方のスタジオでの所属欲求についてのディスカッションです。

会社員という立場は不自由ではあるけれど、職場というコミュニティに所属しているという安心感は何物にも代えがたいのではないか、という意見がありました。

これは早期リタイアを考える上で、欠かすことのできない本質的なテーマだと思います。

アメリカの心理学者マズローの有名な欲求説では、人間の基本的欲求を5段階に分けて提唱していますが、どこかに所属している、社会的役割があるという感覚を欲する社会的欲求は、生理的欲求、安全欲求に次ぐ3番目のプリミティブな欲求として定義されています。

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また『サピエンス全史』の著者で、現代最高の知性との呼び声も高いイスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリは、ベストセラー3部作の最新作『21 Lessons』で、人とコミュニティの関係について以下のように記述しています。

人類は何百万年にもわたって、数百人未満の小さな生活集団での暮らしに適応してきた。今日でさえ、ほとんどの人は一五〇人以上を本当によく知ることはできずにいる。フェイスブックの友達がどれほど多くいようと関係ない。このような親密な集団がなければ、人間は寂しさや疎外感を覚える。 


現代では当たり前となった個としての暮らしは、生物学的にはどちらかと言うと不自然なものであり、人によってその程度に違いはあれど、何かに所属していたいという欲求は根源的なものなのかもしれません。

人の本能は、貨幣経済が発展しお金さえあれば何不自由なく暮らせるようになった今なお、原始時代の記憶を引きずり、共同体やコミュニティを必要としているようにも思えます。

また先の番組の中では、現代では仕事、職場というものをコミュニティの拠り所としている人が多く、その心理を労働者は資本家にうまく利用されているのではないかというコメンテーターからの指摘もありました。

背景には、欧米などでは歴史的に教会や礼拝所が一つのコミュニティとしての役割を担ってきたということがあるようですが、今では一部の熱心な信者を除き、その風習も廃れてきているようです。

ただ欧米圏では今でも近くのパブやバーなどで地域の人たちと交流する文化があったりしますが、そういった地域との交流が失われた日本では特に、職場や家庭以外のコミュニティを持つ人が少ないということもその一因と考えられるかもしれません。

しかし職場というコミュニティが果たして本当に構成員の拠り所となり得るものなのかという点については微妙だと思います。

たしかに、かつての古き良き家族型経営の日系企業などはそういった互助組織としての側面を持ち合わせていたかもしれません。

しかし積極的に黒字リストラを行うような企業すらある今、それほど余裕のある会社がどれほどあるかという点には疑問が残ります。

雇用の流動性の高いアメリカなどでは職場の人間関係は非常にドライな傾向があるようですが、日本でもコミュニティとしての職場は蜃気楼のように、幻想になりつつあるのかもしれません。

運動は現代のライフハック

なにかとストレスの多い現代社会において、近年改めてその有効性に注目が集まっているのが運動、エクササイズです。

今日では運動には抗うつ薬と同等かそれ以上の抗うつ効果があることも知られるようになってきていますが、習慣的な運動は、前頭葉や海馬などでBDNFという神経細胞の肥料とも言えるホルモンの分泌を促進し、神経新生を促すことがわかっています。

前頭葉や海馬はストレス反応の中枢である辺縁系の抑制系でもあり、本能的な衝動を抑えやすくなります。

海馬は記憶中枢としても有名ですが、運動することで記憶力が増し、また前頭葉の活性化は集中力や創造力の向上にもつながります。

ネットではよく体育会系の人々を揶揄して脳筋などと呼んだりすることがありますが、脳科学的には少なくとも家にこもりがちなネット民よりは頭の働きは良いと考えられます。

しかしヒトの脳はなぜこのような仕組みを獲得したのでしょうか。

デジタルデバイスの過剰使用に警告を鳴らしたベストセラー『スマホ脳』では、その理由について以下のような仮説が紹介されています。

  • 身体を鍛えている人は、天敵などの脅威に対し余裕をもって対処できるため、"Fight or Flight" 反応を引き起こすストレス中枢が過敏に反応しなくてもよくなった
  • 狩りをしたり、天敵から逃げる時には最大限の集中が必要であり、それに適応する形で脳が進化した

これらはあくまで仮説であり真偽のほどはわかりませんが、その理由はさておき、上記のようなエクササイズの効果は複雑化した現代社会を生きる上でも有利に働くため、運動は天然のドーピング、現代におけるライフハックと言えるかもしれません。

人間の本能はいまだに原始時代を生きている?

前述の『スマホ脳』の中で著者のアンデシュ・ハンセンは、人間の脳はデジタル社会に適応していないということを主張しています。

2000年代になってスマートフォンが登場してから、インターネットは私たちの生活により身近なものとなり、情報化社会としての色合いがますます強まりました。

しかし時を同じくして睡眠障害や精神疾患の有病率も増加傾向にあり、その因果関係が指摘されるようにもなってきました。

インターネットが普及し、情報化社会と言われるようになったのはせいぜいここ20年、30年の話ですが、人類の何百万年という歴史のことを思えば、すさまじい勢いで社会が激変しているということがわかります。

この急速なテクノロジーの発展、社会の変化に、人間の身体というハードウェアの進化が全く追いついていないのではないかという気がします。

結局、現代にあっても私たちの身体、本能はいまだに原始時代を生きている。

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そんなふうに思うことがあります。

ホモ・サピエンスとしての人間を置き去りにして、社会の方が先へ先へとどんどん進化していってしまっている。

そこに生じる齟齬が、多くの人の日常になんとなくの欠落感をもたらしているような気もします。

日常に何かが足りない、なんとなく満たされない気がする。

そう感じる時は、我々の遠い祖先の暮らしに想いを馳せてみると解決のためのヒントが見つかるかもしれません。