世界最低レベルのEQ
アフターコロナと言われるようになってはや一年と半年ほど。
ネットでの誹謗中傷、マウンティング、自粛警察 etc…
近頃、何となく世の中の殺伐さがエスカレートしてきているような気もします。
これが私の気のせいではないとしたら、背景にはどのような理由があるのでしょうか。
それを考える上で一つ参考になるのがEQ(心の知能指数 / Emotional Intelligence Quotient)という指標です。
知能指数と言うと一般的にはIQのことを指しますが、EQはアメリカの心理学者ダニエル・ゴールマンによって広められた概念で、一言でいえば自分や他者の感情を認知し、それをコントロールする力のことです。
さてそのEQですが、2018年に国際的な非営利団体Six Secondsによって実施された160か国を対象とした調査で、日本はなんと世界最低水準という結果が得られたそうです(※1)。
EQが低いとは、簡単に言えば感情(情動)に支配され、マシュマロにすぐかぶりつくような直情的な行動をとってしまいやすい状態のことです。
この調査結果にはバイアスがかかっている可能性もありますが、辺り構わず怒鳴り散らしたり、周りの人の迷惑を省みず傍若無人に振舞ったりというハラスメント行為の裏には、EQの低さがあるのかもしれません。

動物脳の暴走は甘えられる場が減ったせい?
先の調査結果に妥当性があるとした場合、日本はなぜ低EQ社会なのでしょうか。
そもそもEQ、感情(本能的な情動)を認知し、コントロールするという機能を司るのは、人を人たらしめる理性の脳、大脳新皮質です。
つまり脳科学的にはEQが低いということは、動物的で原始的な脳(大脳辺縁系)の暴走にブレーキをかける新皮質、理性の働きが弱い状態と言えます。
その理由はどこにあるのでしょうか。
まず一つ考えられるのは民族性(遺伝的要因)です。
日本人は不安を感じやすい民族として知られていますが、その背景には特徴的なセロトニントランスポーターの遺伝子多型があります。
セロトニンは主に神経活動の興奮を抑える抑制性の神経伝達物質ですが、セロトニントランスポーターは神経終末からシナプス間隙に放出されたセロトニンを回収して再利用するためのいわばリサイクルポンプです。
日本人はこのリサイクルポンプが少ない遺伝子(SS型)を持つ人が約7割と世界的に見ても非常に多く(※2)、簡単に言うとほとんどの人が生まれつきセロトニン分泌が少なく、情動を感じやすい脳を持っています(※3)。
さて新皮質(理性脳)と辺縁系(動物脳)は、互いにブレーキをかけ合う関係にありますが、このことはどちらか一方が優位に傾くとますます相手を抑え込むというポジティブ・フィードバックの関係性にあることを意味しています。
日本人はセロトニン分泌量が少なく、もともと原始的な脳が優位になりやすいということを書きましたが、ここにストレスがかかると動物脳がさらに活発になって理性によるブレーキが効かなくなり、暴走してしまいやすいのです。
ではいったん暴走を始めた動物脳に歯止めをかけるブレーキ役は他にいないのでしょうか。
そのことを考えるにあたっては、上記のような理由から殺伐としやすい日本の社会の秩序がどのように維持されてきたかを顧みるというのがやはり良策です。
日本社会の構造の本質について考察された『タテ社会の人間関係』では、欧米のような契約型の社会にはない日本の社会の特徴として、あらゆる人間関係のベースに強い感情的なつながりが存在していることが指摘されています。
歴史的に単一民族社会であった日本では、場(共同体)を共有する者と頻回に接触して濃密なつながりを持つ一方で、よそ者を百眼視(敵対視)することで共同体内での一体感を醸成してきました。
また組織においてもその基盤となっているのは先輩&後輩、親分&子分という、いくつもの感情的なタテの関係(契り)であり、理念や規則の下に契約によって人が集まる欧米型の組織とは違い、組織の安定性が個々のエモーショナルな関係に依存しているという点で、ささいな信頼関係のこじれから一気に組織全体が崩壊する危険性をはらんでいるということも述べられています。
このようにドライな関係というものが馴染まず、あらゆる人間関係が感情的なつながりをベースとしている社会背景にはやはり、不安を感じやすく感情が優位となる民族性があると考えられ、甘え合えるウェットな関係というものが何物にも代えがたい安心感をもたらしてきたということでしょう。
そしてこの安心感こそが動物脳のもう一つのブレーキ役であり、その正体はおそらくオキシトシンというホルモンです。
オキシトシンは愛着ホルモンとも呼ばれ、たとえば母と子のような親しい相手との関係性を強化する働きがありますが、このオキシトシンにはまた、ストレス中枢である大脳辺縁系の興奮を鎮める作用があることがわかっています。
動物の間でも仲間同士で毛づくろいをするグルーミングが一般的に観察されますが、甘えるという行為には不安をやわらげ、精神を安定させるヒーリング的な効果があるのです。
しかし近年は核家族化の進行、地域社会の消失、メンバーシップ型雇用の行き詰まり、インターネットの普及による対人接触機会の減少など、かつて存在していた甘えの場というものが少なくなり、人間の世界ではグルーミングがなくなってきていると言えるでしょう。
つまり日本人はある意味馴れ合うことでメンタル面の弱点を補ってきた民族であり、その機会が減ったことで原始的な脳にブレーキがかからなくなり、モラルハザードが横行するようになったと考えるのはいささか早計すぎるでしょうか。
1億総メンヘラ社会を防ぐ救世主
日本人は民族的に原始的な脳(情動)を抑制する働きが弱く、感情的になりやすい。
ある意味メンヘラ化しやすい素質を持った人の多いメンヘラ大国とも言えます。
しかし社会全体がメンヘラ化してしまうと、人々が本能の赴くままに行動する、動物園のような殺伐とした社会になってしまう危険性があります。
ではそれを防ぐ手段はあるのでしょうか。
私が思うに、身近なところにそれを解決する画期的なソリューション、アイテムがあります。
それはぬいぐるみです。
前述のように親しい人間関係はオキシトシンの分泌を介して原始的な脳の興奮を鎮め、ストレスを解消する役割があります。
しかしそんなこと言われても、このご時世にどうすりゃいいのさ…と思われる方も多いと思います。
そんなあなたに朗報です。
オキシトシンは人相手だけでなく、ペット(特に犬)と触れ合うことでも分泌されることが知られていますが、なんと生きたペットではなく、ぬいぐるみであっても同様に分泌されることが研究でわかっているのです(※4)。
ぬいぐるみと言えば小さな女の子というイメージがありますが、不安感を抑制するセロトニンの分泌量には性差があり、女性で少ないということがわかっています(※5)。
一般的に女性の方が不安を感じやすい(感情豊か)というのも、上記のような神経生理学的な性差を反映していると考えられ、ぬいぐるみやふわふわしたものを好む女性が多いのもそうした不安定さを解消しようとしてのことなのかもしれません。
一家に一匹(?) ぬいぐるみ。
あなたの近くにいるいつも不機嫌そうなおっさんも、実は寂しさから心が荒んでしまっているのかもしれません。
そんなおっさんには何か適当な理由をつけて、ぜひぬいぐるみをプレゼントしてあげましょう(※6)。
※1:
※2:
https://www.nature.com/articles/jhg19993.pdf
※3:
※4:
※5:
※6:ぬいぐるみなんて恥ずかしいというわがままなおっさんのあなたには、読書や運動、瞑想を習慣にすることをおすすめします。これらのアクティビティーを習慣化することで原始的な脳を抑制する新皮質や海馬の体積が増大し、ストレスを感じにくい脳に変える効果があることがわかっています。また高照度の光を浴びることでセロトニン神経が活性化され、脳内セロトニン濃度が高まるため日光浴もおすすめです。