資本主義ゲーム攻略を目指すものぐさの雑記帳

人生の暇つぶしとして資本主義というゲームの攻略を目指しつつ、日々思ったこと、考えたことを取り留めもなく綴っていきます。

チンパンジーに学ぶ社会経済学

 

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18世紀イギリスの経済学者、ジェレミー・ベンサムが唱えた功利主義。

社会全体の幸福の総和を最大化する「最大多数の最大幸福」をスローガンとする考え方です。

功利主義にはさまざまな亜型があり、ベンサムの功利主義は現在では古典的功利主義に分類されているようですが、社会のシステムはその結果として生じる効用(幸福)によって決定されるべきという根本的な思想は共通しています。

この功利主義の考え方は現代ではスタンダードとなっており、それを体現することこそが政治の役割とも言えるでしょう。

ただ最大幸福を追求するという理念が共通了解となっている一方で、具体的にどのような社会がそれを実現するのかという点についてはコンセンサスが得られていないというのが現状かもしれません。

だからこそ各国に多種多様な政党が生まれ、今日でも政策議論が交わされ続けているわけですね。

さて幸福ということについて考える時には、必然的に幸福感を生み出している私たちの脳の仕組みについて考えることになります。

ヒトの脳は人を人たらしめる理性の脳、大脳新皮質と、原始的で動物的な脳、大脳辺縁系に大別されますが、感情や情動を司るのは主に後者の動物脳です。

つまり幸福感はなにも人間だけのものではなく、自然界に生きる動物達の世界にも存在しているのです。

むしろ人間のように余計な理性が発達していない分、より感情(幸福)に忠実な社会が再現されているとも考えられます。

したがって動物達の社会(習性)にこそ、幸福社会の大きなヒントが隠されているはずです。

以下の記事(※1)ではチンパンジーの習性に関する興味深い実験結果が紹介されています。
 

実験①:カツアゲは当たり前?

チンパンジーの社会は、アルファオス(かつては・ボスザル・と呼ばれたが、最近は"第一順位のオス"の意味でこの言葉が使われる)を頂点としたきびしい階級社会で、下っ端(下位のサル)はいつも周囲に気をつかい、グルーミング(毛づくろい)などをして上位のサルの歓心を得ようと必死だ。

そんなチンパンジーの群れで、順位の低いサルを選んでエサを投げ与えたとしよう。そこにアルファオスが通りかかったら、いったいなにが起きるだろうか。

アルファオスは地位が高く身体も大きいのだから、下っ端のエサを横取りしそうだ。だが意外なことに、アルファオスは下位のサルに向かって掌を上に差し出す。これは「物乞いのポーズ」で、"ボス"は自分よりはるかに格下のサルに分け前をねだるのだ。

このことは、チンパンジーの世界にも先取権があることを示している。序列にかかわらずエサは先に見つけたサルの"所有物"で、ボスであってもその"権利"を侵害することは許されない。すなわち、チンパンジーの社会には(自由の基盤である)私的所有権がある。


オレのものはオレのもの、オマエのものもオレのもの が自然界の絶対の掟かと思いきや、意外にもボスは下っ端に対しても下手に出て分け前をねだるようです。

このことは、チンパンジー界では序列よりも所有権、財産権が優先されているということを示唆しています。


実験②:キュウリ🥒とブドウ🍇

二つめの実験では、真ん中をガラス窓で仕切った部屋に2頭のチンパンジーを入れ、それぞれにエサを与える。

このとき両者にキュウリを与えると、どちらも喜んで食べる。ところがそのうちの一頭のエサをブドウに変えると、これまでおいしそうにキュウリを食べていたもう一頭は、いきなり手にしていたキュウリを投げつけて怒り出す。

自分のエサを取り上げられたわけではないのだから、本来ならここで怒り出すのはヘンだ(イヌやネコなら気にもしないだろう)。ところがチンパンジーは、ガラスの向こうの相手が自分よりも優遇されていることが許せない。

これはチンパンジーの社会に平等の原理があることを示している。自分と相手はたまたまそこに居合わせただけだから、原理的に対等だ。自分だけが一方的に不当に扱われるのは平等の原則に反するので、チンパンジーはこの"差別"に抗議してキュウリを壁に投げつけて怒るのだ。

 


上の動画は猿での実験ですが、ご褒美が違っているとやはりチンパンジーと同じように怒ってしまうようです。

さてこの反応の解釈はやや難しいところですが、実験①の結果から、チンパンジーの世界でも財産の所有(によって生じる格差)が容認されているとすると、お猿さんは単に同じご褒美がもらえらないことに対して怒っているというよりも、対等な立場で同じ課題を遂行したにもかかわらず、待遇に差があるという不公平、理不尽に憤慨していると解釈した方が正確かもしれません(※2)。

このことは猿やチンパンジー、人類に共通する原始的な脳が不公平に強く反応するということを示唆しており、事実ヒトでの研究でも不公平を嫌う被験者ほど、大脳辺縁系のストレス中枢扁桃体が活発に働いているということがわかっています(※3)。


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実験③:いざ尋常に

三つめの実験では、異なる群れから選んだ2頭のチンパンジーを四角いテーブルの両端に座らせ、どちらも手が届く真ん中にリンゴを置く。初対面の2頭はリンゴを奪い合い、先に手にした方が食べるが、同じことを何度も繰り返すうちにどちらか一方がリンゴに手を出さなくなる。

このことは、身体の大きさなどさまざまな要因でチンパンジーのあいだにごく自然に序列(階層)が生まれることを示している。いちど序列が決まると、“目下の者”は“目上の者”に従わなければならない。


チンパンジーが平等という価値観を何よりも重んじているならば、どちらもリンゴに手を出さないか、分け合って食べるという行動が観察されそうなシチュエーションですが、この結果からやはりチンパンジー達は実力による序列に従うということがわかります。


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実験①~③の結果をまとめると、チンパンジー達は財産を所有(格差を容認)し、公平さを重んじる、実力主義の世界で生きていると言えます。

これをホモ・サピエンス風に言い換えると、結果の平等を志向する社会主義ではなく、公平な能力主義に近い社会と言えるでしょう。

チンパン界隈でこのような社会が成り立っているのは、これらの原則から外れた行いに対して動物脳が興奮し、チンパンジー達が強いストレスを感じるからに他なりません。

人類が紆余曲折を経て現在の自由主義的な資本主義にたどり着いたのは、ある意味神の思し召しによる、自然の成り行きだったと言えるかもしれません。

人間社会ではテクノロジーの発展により、自然界ではあり得ないほどに経済圏が大きく拡大し、結果としてより一層の格差が生じてしまいました。

この不自然なまでの格差は、自然界には存在しない未知の領域であり、何らかの介入が必要なのかもしれません。

しかしチンパンジーの習性が示唆しているのは、格差それ自体を目の敵にして(過剰な)平等を理想とするのではなく、公平性(機会の平等)を追求していく方がより自然で、全体のストレスの少ない社会になるということかもしれません。

そう考えると今の人間社会のベースも案外悪いものではないような気もしてきます。

 

※1:

※2:左の猿が3回目に石を渡された際、石を壁に打ち付けている(2:10頃)のは「アイツ(右の猿)が渡されてるのとおんなじ石だよね?」と課題の同一性を確認しているようにも見えます。

※3: