資本主義ゲーム攻略を目指すものぐさの雑記帳

人生の暇つぶしとして資本主義というゲームの攻略を目指しつつ、日々思ったこと、考えたことを取り留めもなく綴っていきます。

社会はマッチョの誠実さで繁栄した?

 

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※本記事はジェンダー的な要素を多分に含んでいます。ご注意ください。

 


経済はオキシトシンでは繁栄しない

『経済は「競争」では繁栄しない』という本があります。

内容を一言で言うと、競争を生むテストステロン(男性ホルモン)ではなく、共感と信頼を育むオキシトシンこそが経済を活性化させるというものです。

しかしこの本にはオキシトシンの負の側面についての知見が抜け落ちています。

その負の側面とはオキシトシンには愛着形成を促すと同時に排他性や攻撃性を高める作用があり、正確には敵と味方とを区別するような働きを持つホルモンであるという事実です。

オキシトシンには確かに親しい間柄にある相手との関係性を強化する働きがあります。

このような作用は母と子の愛着を深める、少人数の集団での結束を高めるといった点ではプラスに働きます。

しかしその一方で、それ以外の関係性を排除し外の世界に対しての警戒心を高めるというダークサイドが存在します(※1)。

特定の集団で親密な関係を作り、集団外のよそ者に対して排他的になるという性質はチンパンジーやオオカミなど他の動物にも備わっており、群れをなすことで生存確率を高めるという性質は進化の過程で獲得した社会的本能といえます(※2)。

しかしこのオキシトシンによる親密な関係性には限界があり、その限界であるダンバー数はおよそ150人程度とされています。

このダンバー数の範囲内であれば理論上はオキシトシンによる信頼関係が成り立つと考えられます。

しかし現代のように世界中の何十億人という人々との間でそのような関係性を築くのは不可能であり、むしろ先のようなオキシトシンの負の作用はつながりの断絶をもたらします。

このことはチンパンジーやゴリラ(やヤ〇ザ)などの生態をみれば明らかであり、彼らは同じ種であっても他の群れとは敵対的な関係にあり、少数の"顔の見える"範囲内でしか関係性を築くことができません。

そしてそれは人類の祖先とも言われるネアンデルタール人でも同じでした。

しかし『サピエンス全史』によれば、突然変異により人を人たらしめる前頭葉が大きく発達したホモ・サピエンスはその社会的な本能を乗り越え、宗教や国家という神話を生み出すことでダンバー数をはるかに越えた規模での協力関係を作り出し、そのことがヒトを地球上の支配者たらしめたのです。

男性社会は人類史の必然だった?

以前に友愛と博愛はトレードオフの関係にあるということを書きましたが(※3)、友愛がオキシトシンによってもたらされるとすると、博愛や公正さをもたらすのは何なのでしょうか。

脳科学的にはそれらの性質を司るのは前頭葉の中でも最高中枢に位置する背外側前頭前野DLPFCと呼ばれる領域です(※4)。

DLPFCは論理性や合理性、メタ認知(感情制御)などを担う部位でもありますが、このDLPFCはテストステロン(男性ホルモン)によって賦活されることがわかっています(※5)。

男性ホルモンと言えば攻撃性を高めるなどネガティブなイメージを持っている人も多いかもしれませんが、それはラットなど新皮質の発達していない動物の場合であり、前頭前皮質が高度に発達したヒトにおいてはむしろ向社会的なホルモンとして作用するのです(※6)。

テストステロンが活性化するDLPFCの機能は、狩猟時代に主に狩りの役割を担った男達が、狙った獲物を確実に仕留め、集落で公平に分配するという行動を促すものであり、人類が生存のために進化の過程で身につけた性質と考えられるかもしれません。

DLPFCによる論理モードとオキシトシン的な共感モードは相反することが知られていますが(※3)、男性ホルモンは友愛や共感を代償として狩猟能力や公正さをもたらすホルモンとも言えるかもしれません。

私は特別男尊女卑的な考えを持っているわけではありませんが、このことは歴史的に大半の地域が男性社会であったことと関係しているのではないかと思っています。

オキシトシンによる本能的な社会は仲間同士の結束の強い社会と言えますが、それは社会全体としてみた時、身内びいき、汚職や談合といった不公平とも隣り合わせです。

そのような公正さの欠如は別のグループとの関係の断絶につながり、社会はそれ以上発展することができなくなります。

そうではなく分け隔てのないフェアな関係性をひろく築けたからこそ、人間は他の動物種から抜きんでることができたのではないでしょうか。

マッチョこそ理想のリーダー?

このことは経済に限らず政治についても同じことが言えます。

現代では多くの地域が形式上は国家という体裁をとっていますが、実態はムラ同士の抗争の場でしかなく不正や汚職が絶えない国というのは数多く存在しています。

 汚職をする人というのは、一族郎党や地元に提供する資金を確保しようとする人です。ほとんどの場合、何も自分がぜいたくをしたいわけではなく、自分の親族や出身地、部族、同じ宗教の宗派、といった人々の生活をできるだけよくするために、あの手この手で資金を確保します。

 それでは、汚職をする人は一族や出身地や部族や宗教を思いやる良い人かというと、それは違います。国民に広く行き渡るべき富を、自分に近い人々にだけ提供しようとするのが汚職です。汚職をする人は、周りの人々からは、思いやりのあるいい人、立派な人と本気で言われる場合も多いです。それ以外の人々から見ると、国民全体の富を奪う泥棒です。長い目で見れば、民族間や宗教間の対立の原因をつくっていることにもなります。

 汚職をする人にとっては、自分の民族や宗教が第一で、国民全体などというものは実質成立しておらず、二の次三の次なのです。そういう国は、世界でも大多数です。鎌倉時代と同じで、つまり実質的には封建制です。パキスタンでもフィリピンでも、国会議員や知事というのは封建領主が看板を掛け変えただけのものである場合が多いです(※7)。

【理解】だから「汚職」は無くならない NewsPicksコメント欄より


このようなチンパンジーやネアンデルタール人に近い本能的な社会では大きな分断が生まれますが、最近の時事問題で言えばイスラム原理主義勢力タリバンによってあっけなく制圧されたアフガニスタンもやはり背景には多民族による抗争の歴史があったようです(※8)。

こうした社会的本能による分断を克服したのが近代国家であり、近代国家はまさに理性による努力のたまものと言えるかもしれません。

そしてそのような理性的な社会づくりを後押ししてきたのがテストステロンであり、冷静で論理的思考力に優れ、公平性を重んじ筋を通すアンドロゲン活性の高いマッチョこそまさに現代社会のリーダーに向いていると言えるかもしれません。

DLPFCを含む前頭前野は習慣的な有酸素運動により鍛えられることから、たとえば30代、40代の引退直後の元アスリートの方などには、ぜひセカンドキャリアとして政治の世界にチャレンジしてもらいたい、なんてことを思ったりします。

 

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