資本主義ゲーム攻略を目指すものぐさの雑記帳

人生の暇つぶしとして資本主義というゲームの攻略を目指しつつ、日々思ったこと、考えたことを取り留めもなく綴っていきます。

"ぼっちで来る人"は実はいい人?

 

 

他者とつながる力は人の強さの源泉

近年、社会構造の変化やインターネットの普及などにより、世界的に孤独を感じている人が増えていると言われています(※1)。

2018年にイギリスで世界で初めての孤独担当大臣が任命されたのに続いて、昨年2月には日本でも同様のポストが新設され、話題を呼びました。

このような動きからわかるのは、いまや国家レベルで孤独を社会的な問題として位置付けるようになってきているということです。

その背景としては、孤独の健康に対する悪影響が見過ごせないほど大きく、公衆衛生の面で多額の経済的負担が生じたり、中には犯罪につながってしまったりするケースがある、などの理由があるようです。

国内ではその具体的な対策として、NPOや支援団体との行政の連携、相談窓口の設置などが行われているようですが、個人的にはもっと根本的な部分に問題の焦点があるような気がしています。

つまりどういうことかと言うと、ひと昔前に比べて、個々人が他者とつながったり、連帯する力自体が弱まってきているのではないか、そんな気がするのです。

人類が今日に至るまで、これほどに繫栄してきた理由の一端は、他の動物種にはない高いコミュニケーション能力を活かして、群れの単位を超えた赤の他人とも協力体制を築くことができたという点にあります。

言い換えれば、信頼できる人を見極め、他者とつながり連帯する力は、人類の強さの源泉であり、その意味では現代においては生きる力そのものが失われてきているとさえ言えるかもしれません。

人を見る目があり、他者を信頼しているのはどんな人?

ところでこの「他者とつながる力」は、かなり抽象的で定量化がしにくい概念ですが、社会心理学領域にこの能力と関係の深い「一般的信頼(Generalized Trust)」という評価尺度があります。

これは他者一般への信頼度を測る尺度であり、言い換えると「人間は基本的に正直だ、信頼できる」とどの程度考えているかをみる指標とも言えます。

この「一般的信頼」については実際に国際調査が行われており、2018年の総務省『情報通信白書』ではその結果が公表されています。

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上の図表はオンラインとオフラインそれぞれにおいて、「ほとんどの人は信頼できる」、「信頼できる人を見分ける自信がある」という評価項目について「そう思う」~「そう思わない」の4段階で評価させ、その割合をグラフ化したものです。

ぱっと見て、「ほとんどの人は信頼できる」と答えた人の割合と、「信頼できる人を見分ける自信がある」と答えた人の割合が、各国とも非常に近似していることがわかります。

つまりこの結果から考えられるのは、人を見る目に自信がある人ほど、ひとまず他者を信頼して(「渡る世間に鬼はなし」と考えて)人と接する傾向にある、ということです。

しかしここで一つ疑問なのは、人を見る目に自信があって他人を信じやすい人は、単なる自信過剰のお人好しで、実際はただ騙されやすいだけではないか?ということです。

この点について国内で行われた複数の調査では、一般的信頼と人を見る目(他者の行動予想の正確さ)の間に正の相関があるという結果が得られています。

      

 

すなわち人を見る目に自信があり、他者を信頼している人ほど正確に相手の(裏切るかどうかの)行動を予想できる、つまり実際に人を見抜く力がある、ということです。

そして一般的信頼が高く、他者の行動予想を正確に行える人には心理学的な特徴があることがわかっており、特に相関の高い性格的特徴に公正さと協調性があることが知られています。

 行動予想の正確さとの間に関係が見られた特性の中でとくに注目に値するのは、「正直・公正尺度」です。この尺度の得点と予想の正確さとの間にはかなり強い正の相関( 〇・四〇)が見られました。

 この相関係数は、正直さや公正さを大切な行動基準だと考えている人たちのほうが、そのような行動基準はあまり重要でないと考えている人たちよりも、まわりの人たちの行動をより正確に判断していることを示しており、これもまた常識とは逆の関係を示すものです。常識的に考えれば、正直さや公正さを大切だと思っている人間はお人好しで、その逆の正直さや大切さなどは方便の一つと思っているような「ずる賢い」人間のほうが、他人の行動を正確に判断できそうな気がします。しかし実験の結果はこの常識とはまったく反対のものでした。

 また同様に、他人の行動についての予想の正確さと関係していた心理特性尺度に、「相互依存性認知尺度」があります。この尺度は、当時大学院生だった神信人(現在、淑徳大学)が開発した尺度で、人間関係は互いに持ちつ持たれつだという信念を測定するものです。実験の結果は、この尺度の得点と予想の正確さとの間に〇・四七という高い相関が存在することを示しています。つまり、世の中でうまくやっていくためには他人と協力することが重要だと思っている人たちのほうが、他人との協力関係を作ることなど重要だとは思っていない人たちよりも、他人が信頼できる行動をとるかどうかをより正確に予想していたということです。

 さらに、一般的信頼尺度の得点と相互依存性認知尺度の得点との間に〇・六四という強い相関が存在していることにも注目しておく必要があります。つまり、他人と協力することが必要だと思っている人たちは、同時に他人は信頼できると思っている人たちだということです。逆に言えば、他人は信頼できないと思っている人たちは、そもそも他人との間でちゃんとした協力関係を築くことは不可能だと思っているわけですから、他人との協力関係など重要ではないと考えるのも当然でしょう。

『安心社会から信頼社会へ』/ 山岸俊男 著


また2014年のオックスフォード大学の研究では、一般的信頼は読解力などを含めた総合的な知性とも関係があることが指摘されています(※2)。

一般的信頼と知性の関連性を見るため、被験者には知力テストをやってもらい、彼らの行動や社会的態度に関する質問をした。知力テストでは、語彙テストや、被験者がどれだけ質問内容を理解しているかなどの読解力を含めた知能判定が行われた。
 その結果、配偶者の有無、教育、収入にかかわらず、知力の高い人は人を信用する傾向が強く、知力の低い人はなかなか人を信用しないことがわかったという。
 この結果を受け、研究を行った同大学社会学部のノア・カール氏はこう分析する。「知能レベルが高い人は、他人の振る舞いを良く観察し、その性格を見極める術に長けているので、裏切らない人を見極めることができる。(中略)他者の人間性を深く理解し、見抜くという能力は、自然淘汰によって進化した人間の知性の明確な一部であると言えよう。


"ぼっちで来る人"は実は良い人?

以上をまとめると、一般的信頼が高く、相手の行動予想を正確に行える人は公正さや協調性を重んじており、語彙や読解力などを含めた知性が高い傾向にあるということになります。

言い換えると、他者を信頼し、人を見抜く力はその人の人間性や知性によって支えられているとも言えるかもしれません。

このことは裏を返せば、他者とつながり、連帯する力のある社会的知性の高い人ほど、一人でも積極的に知らない人同士の集まりに参加できるということを意味しています。

 高信頼者は他人との協力関係を積極的に作っていこうと考えているのに対して、低信頼者はそのような協力関係が不可能だと決めつけて、最初から試みようともしないということです。

少し違った言い方をすれば、高信頼者は社会的な楽観主義者であって、そのため他人とのつきあいを積極的に追求すると考えることができます。


さらに一般的信頼の高い高信頼者は積極的にその機会を求めるがゆえに経験値がたまり、社会的な知性、人に対する審美眼がより一層磨かれていくとも考えられます。

イベントなどにソロで来るぼっちは、(詐欺師などでなければ)実は高い対人関係能力を秘めた、高レベルのはぐれぼっちなのかもしれません。

"ぼっちで来た"人を見つけたら、話しかけてみると意外と良い出会いがあるかもしれませんね。

 

※1:

※2: